家の金で大学を出させてもらうにも関わらず、そのキャリア(?)を完全に棒に振ることになるかもしれないという僕の思惑が生まれたのは確か大学4年生の8月ごろだろうか。
とある提案に対し、案の定激しく両親から反対をされ、最早理解をしてもらえないまま我が道を押し通すことになったのが私の「美容師」との付き合い始めであった…。
いかにも覚悟を決めてこの業界に飛び込み、躍進していくと思わせるようなストーリーが始まりそうな書き出しですが、私編集長、何を隠そうつい最近まで
「大したことない美容師代表」みたいなポジションを堅持していました。
12年というキャリアの中のおよそ7年を見習いであるアシスタント期間に費やした実績がいい証拠ではないでしょうか。
今回は現在の働き方、つまり美容師という本軸を全うしながら美容師のためのWEBマガジンの編集長などといういわば
「美容師とは直接的に関係のないこと」
をやるに至った経緯を過去の話を踏まえて少しさせていただこうと思います。
よろしければ最後までお付き合いください。
過去の働き方
まずは私の美容師としての入り口の部分でどんな熱量を持っていたかからお話ししていきましょう。
前述したように美容師という職業を全うすべく、覚悟を決めて飛び込んだはいいものの、私くらた編集長は美容に興味があったわけではないのです、いやむしろ全くなかったと言っても過言ではありません。
「ドライ」と「ブロー」の違いはわからないし、有名な美容師さんどころか担当してくれてる美容師の名前も知らない、他にも大学生時代のある日の全身コーディネート金額が500円…
なんてことがあったぐらいには無頓着だったわけです。
ではなぜこんな道を?となりますが、簡潔に述べるのであれば「人に喜んでもらえる仕事」をしたかったのです。
(この話はまた別の機会に)
綺麗な言葉を使ってますが、人に喜んでもらえる仕事というのは美容師に限ったことではありません。
逆にどの職業でも(人を騙す以外)は誰かに喜んでもらうための仕事でもあるはずです。
だったら何故美容師なのかと言われたら
「モテたかった」という邪な気持ちは若干あったのは認めざる得ません(笑)
要するに、その程度の覚悟で飛び込んだ世界ですから
・誰より絶対に上手くなってやる!
・美容大好き!
・もっといろんなこと知りたい!
などの美容に対しての欲求は人よりもしかしたら希薄だったかもしれません。
そのため何をしようと打ちのめされる日々を送っていました、。
結果、スタイリストになるまでの過程が非常に長くなってしまったのでしょう。
先輩に聞くような好奇心も持ち合わせていなければ、練習をやらされてる感を持ったまま練習時間というていで無駄にサロンに残ることでとりあえずやったことにしていました。
実際はだらだらと携帯をいじっていたため、あの時間がなければ7年という20代の貴重な時間を使うことはなかったのでしょう。
きっかけ
とはいえこんな美容師でも続けていると自然と身につくものが増えていくのものです。
私の唯一の特技とも言える「続けること」これに関しては、非常に感謝をしているのです。
辞めようと思ったことは数えきれないほどありましたが、
それでも「辞める」ことだけは自信の最大の恥という謎のプライドに救われていました。
そんなダラダラ系美容師の私が現在の活動の今思えばきっかけとなったのはこのような発信でもなんでもありません。
今思えばという感じですが現サロンでのスタイリストデビューの時でした。
私のサロンでは当時、スタイリストデビューの初月にどれだけ売上を上げるかというのが社内の評価の一つの指針でもありました。
といっても直接的な評価ではありません。
褒めてもらえるというだけのものです(笑)
今までの経緯を述べさせていただいたように、美容に関して突出したスキルもなければ自ら進んで知識を得たいという好奇心もありませんでした。
ただ私自身何かをきっかけに自身を変えたい、このままではいけないという危機感はわずかばかり持っていたのです。
そんなタイミングで訪れたスタイリストデビューの時、
現在の総店長にあたる先輩がデビュー時に立てた売上というのは社内でも大きな評価となり、そこからセミナー活動やインタビューをされたりと大きくスタイリストとして成長していく様をみていた私は
「この人の売り上げを越えれば同じようになれるのかもしれない」
という思いから、無謀にもその記録を塗り替えることを社内で宣言をしてしまったのです。
といっても勝算は全くありません、
今までモデルさんでご来店いただいた方の管理もずさんなために、デビュー時のご来店を促したところでほとんどの方から連絡は返ってこずの状態。
考えられる知人友人に全て連絡をし尽くしたものの予約には空きができ、八方塞がりでした。
そんな時に偶然思いついたのが「居酒屋集客」というものでした。
彼女(今の妻)とは毎晩のように飲み歩くのが日課で
(これもアシスタント期を長くさせた要因)
いわゆる馴染みの店というのが何軒もありました。
そこでは顔見知り程度ではありますが常連ののんべぇたちが集まっており、練習後の終電間際の電車で最寄駅に到着してから夜中の2〜3時までそのコミュニティの中で日々の仕事のストレスを発散するのが習慣となっていました。
連絡先を知っているわけでもなく、私が美容師かどうかも知らないような関係性の人たちです。
お客様として来ていただくだなんて微塵も考えていませんでしたが当時の私はそれなりに追い詰められていたのでしょう。
いつものように暖簾をくぐり、ラフな挨拶を済ませるや否や唐突に頭を下げ状況を説明し、「なんとかして来てもらえないだろうか」とお願いをして回っていました。
こんな訳のわからないことはありません、ですがそうしてお願いをした多くの人たちから二つ返事で
「オッケー!」
そこからさらに噂話が派生をして、私が直接お会いしたことない人まで話が周りさらに応援をしてくれました。
予約帳はみるみるうちに埋まっていき、最終的には40%近くの予約は飲み屋繋がりの方々で占めることとなりました。
そのコミュニティのおかげで私はなんと先輩の記録を更新することができ、夢にまで見ていた業界紙に掲載されることができたのです。
今思えばこの「居酒屋集客」が現在の働き方のきっかけとなる、美容師と自分の好きな何かの掛け合わせが楽しいかもと思えるきっかけだったのではないだろうかと思っています。
ターニングポイント
それから数年、現在のサロンで新規店舗の立ち上げに携わることとなった2020年の2月。
スタイリスト歴も4年目に突入し、少しずつ美容師としての楽しみを覚えてきた頃です。
みなさんも体験した「新型コロナウイルス」の蔓延による緊急事態宣言の発令。
どこのサロンも大きな打撃を受けました。私の所属するサロンも例外ではなくお客様が全くいらっしゃらない日々が続きました。
美容師の存在価値はお客様がご来店いただくことで発揮することができます。
お客様がご来店を控え、私たちも積極的にご来店を促すことができない状況下で美容師は果たして何が出来るのでしょうか?
日々美容師のあり方とは?について苦悩する私が偶然出会ったのがTwitterでした。
Twitterの中の美容師さんたちは私の悩み行動できずにいるような感じとは大きく違い、このような状況下でもお客様に、業界の改善に何かできることはないかを模索し続け、行動に移している人たちで溢れていたのです。
たかがSNSと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私はこのSNSが大きなきっかけでした。
元々「誰かのためになる仕事を」を軸に仕事をしていくことを考えていた私からすると
今現在置かれてる私の世界が全てではないということを教えてくれたのがこの環境だったのです。
元々美容師一筋を貫いていた、というよりはそれ以外の世界を知らないままにこの世界を生きていた私はその中でいかに生きていくかを考え続けていました。
「苦手な撮影をもっとやらないと」
「集客のためにSNSの投稿を増やさないと」
「技術をもっと磨かないと」
このように美容師のみの考えしか持っていなかった私が始めたことが、お客様に限らず少しでも多くの方に倉田 晋吾という存在を知ってもらうこと。
そこから始めたコンテンツが
「美容師の働き方と魅力を伝える」がコンセプトのWEBマガジン
美容ツイサロマガジンでした。
私自身が今まで積み重ねてきたことを集客という目線ではなく、同じように悩んでいるかもしれない誰かへ向けて発信をすることで
これまでの無為にしてきてしまった数年間を、受け取る皆さんの反面教師になり
「こうはなるまい」
という危機感を持ってもらうことで私自身が積み上げてきたこれまでの期間を「誰かのために」還元したかったのです。
悩んだこと
とはいえ、編集長を名乗ったはいいものの、思いつきでのWEBマガジンの立ち上げたコンテンツ。
私自身の編集能力はもちろんなければライティングのスキルもほとんどありません。
元々集客サイトやサロンHPのブログで記事を書くことはあったものの、誰かに向けて伝えることよりも毎日更新をしなければならないことが目的となってしまっていたため、記事を書くことに対しての能力は0に等しい状態でした。
そんな見切り発車を切った編集長の道のため悩みは尽きません、
一つあげるとすれば時間の使い方です。
そもそも編集長業を行うには記事を書いたり編集をしたりする時間が必要ですが、美容師としての時間(サロンワーク)を変えることはできません。
私自身は会社に従事する正社員という働き方。自身のお客様がいようがいまいが1日の中の大半をサロンで過ごします。
編集長をやっているからといってサロンワークを疎かにすることはできません。
むしろ編集長というのはサロンワークとは直接的に全く関係のないことなので、それをすることでお客様やスタッフの迷惑になってしまっては元も子もありません。
そのため、時間の使い方や元々ある業務に支障をきたさないようにとても気を使いました。
勘違いしてほしくないのですが、どれかを適当にこなして余力を残すとかではなく時間の最適化をしてそれぞれ100%のパフォーマンスするのが僕のわがままです。
サロンワークの人手は足りているか?
就いてる役割の進捗に遅れは出ていないか?
スタッフの困りごとやサインを見落としていないか?
家族に負担をかけていないか?
元々の生活の仕方で100%の時間を使っているわけですから他のことをやるには100%だと思っている時間を最適化してパフォーマンスを変えずに隙間を作るしかないのです。
このわがままを押し通すための時間の最適化は今でも課題ですが、この課題に向き合うことで無駄な時間を過ごしている瞬間に気づくことができたのは大きな収穫でした。
今現在の状態
偉そうに語らせていただきましたが働き方に関してはいまだ目下模索中です。
これは死ぬまで終わることはないのでしょう。
ただ今までの経験をもとに一つ言えることとしたら、人生のほとんどを仕事の時間として過ごすのですからやらされる仕事よりもやりたいと思う仕事をする方が間違いなく楽しいということです。
働き方に正解不正解はありません、今の仕事が楽しめているかどうかは皆さん自身が一番理解をしているはずです。
私は美容師一筋の働き方しか知らない過去からこのような経緯を辿って現在に行きつきました。
施術を受けにいらっしゃるお客様のためだけではなく美容業界に向けて同じ思いを持っている仲間とともに活動を行っています。
1人で淡々と取り組むより皆でワイワイやりながら何かをやるのが好きな私には今の働き方は非常にフィットしています。
何よりこれまでのしょうもない美容人生が少しでも誰かのためになるのであればこれほど幸せなことはありません。
すぐには見つけられませんし、失敗も就いてくるとは思いますが皆さんの経験が必ずどこかで交わる点があるはずです。焦らないで大丈夫です。今を大切にもがきながら生きていきましょう。
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サロスクマガジン編集長
美容学生と美容師に取材を行っている
本職は美容師
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